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    ♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥黒豆柴 黒豆柴まめすけと理緒の♪あんみつ日記♪ まめすけ♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥

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    まめすけ 大阪府北部地震


    6月18日(月)の朝

    大阪府北部地震が 発生しました


    大阪府北部地震1


    6月18日(月) 午前7時58分、大きな地震が発生しました。理緒家は 大阪の北摂と言う地域に住んでいます。震度は 6弱、23年前に経験した阪神大震災とは 比べ物にならない大きさでした。阪神大震災では、北摂は震度4でした。それはそれで生まれて初めての大きな地震で怖かったのを覚えていますが、その時とは全く違いました。阪神大震災の震度4では 大きく揺れはしましたが、結果的には家具が動く事もなく 何も被害はありませんでした。しかし今回の地震は、家の中のありとあらゆる物が倒れ 食器が割れました。

    地震発生時刻、今となっては私が何をしていたのか明確ではありません。ただ まめすけの散歩を終え まめすけは玄関に、私は玄関のすぐ横の寝室にいました。恐らく いつも通りに寝室の掃除をしようとしていたのだと思います。いつも まめすけを散歩に連れて行き、1階にある寝室 洗面所 トイレの掃除をして 洗濯物を干してから、まめすけと一緒に2階に上がります。玄関には まめすけのベッドがあり、私が家事をしている間 そこで待っているのです。

    あの時私は、何か何処かでゴォォォと音がしているなと思った瞬間 下からドーン!と突き上げるような揺れに襲われました。ドカンドカンドーンバキバキドゴドゴダーン!と、とにかく聞いた事のない物凄い物音が響き 2階でガラガラガッシャーンと 激しく物の割れる音がしました。食器が割れる音です(うちは2階に台所があります)。揺れている間は 怖いと言うよりは何が起こったか分からず ただ目を見開いて しゃがんでベッドのマットレスを掴んでいました。幸い 寝室にはベッドしかなく 何も倒れて来るものはありませんでした。そして揺れが終わって 少ししてから スマホから緊急地震速報が鳴り響きました。『緊急地震速報です 強い揺れに警戒して下さい』 ええええ!まだ来るの!?身構えましたが 揺れません。その後の報道で MBSの西靖アナが、『揺れている最中に 緊急地震速報が鳴った、震源地が近いからだ、ビックリした』 と言っているのを聞きましたが、うちは 完全に揺れ終わって しばらくしてから鳴りました。それだけ 震源地に近いと言う事です。

    揺れがおさまり、すぐにまめすけの無事を確認、1階の他の部屋を見ると 棚が倒れ ぐちゃぐちゃになっています。私が 次に思った事は 同じ敷地内にある隣の実家でした。築50年の木造住宅の実家が 倒壊しているに違いないと思い、パッと玄関のドアを開け 外に出ました。すると 何と まめすけが飛び出しました(涙) 今まで1度たりとも玄関の出入りの時に 勝手に出た事のないまめすけですが、地震でパニックになっていたのです。うちは 玄関を出ると 外の公道まで 敷地内に14段の階段があるのですが、まめすけが物凄い勢いで駆け上がるのが見えました。『まめすけ!まめすけ!』 私も半狂乱です 絶叫しました。『お座り!お座り!お座りーーー!』 すると まめすけが階段の上でお座りしたのです。まめすけを小さい時にしつけ教室に通わせて 色々とコマンドを教えたりしましたが、この時ほど ちゃんと しつけておいて良かったと思った事はありません。『マテ マテ』 と言いながら近付きました。 まめすけは 階段の上で 目は泳ぎ ハアハア言い 小刻みに震えながらお座りしていました。『大丈夫やで、まめすけ』 さっと抱き上げ 家に連れ帰りました。

    その後 首タオルに電話しましたが繋がりません。メールすると すぐに返信が来ました。通勤途中の電車内にいて 今 電車は緊急停止しているとの事。その後 首タオルは電車を降り 最寄りの駅まで線路を歩きました。帰宅困難者になりましたが、夜には タクシーで帰宅する事ができました。余震が続き、何が怖いかと言うと 『きっとこの後 熊本の時みたいに もっと大きな本震が来る』 と思った事です。だから余震が来るたびに 恐怖に陥りました。今まで まめすけとは別に寝ていましたが、この日は 一緒に寝ました。夜中の余震ごとに 私も首タオルも飛び起きて叫びました。まめすけも ガタガタ震え ハアハアと息が荒かったです。

    大阪府北部地震2


    翌日 首タオルは会社を休み、家の片付けを一緒にしました。2階の掛け時計が 地震発生時の7時58分で止まっていました。乾電池が飛び出たからなのですが、何だか ショッキングな感じがしました。時計を直そうとしたら 首タオルが 『写真を撮らないのですか?』 と言ってきました。首タオルは 私のブログに協力的で よく写真を撮るのも手伝ってくれたりするので そう言ったのだと思います。でも とてもじゃないけど そんな気になれませんでした。今から思えば 絶好のブログネタ(不謹慎ですが) なのに、全く そんな気になれませんでした。余震におびえながら 何から手を付けてよいか分からない状態の室内を 少しずつ片付けました。まめすけもおびえていて そばから離れないので、ずっと まめすけに 声をかけながら片付けました。うちの被害は 室内の家具の倒壊と 食器が多数割れました。外は 家の基礎や敷地内のコンクリートに ひび割れが出来、電気温水器の土台が崩れ 傾きました。

    実家は 倒壊は免れましたが、屋根の瓦が沢山落ちました。近所の昔から付き合いのある工務店(社長は私の幼馴染)が ブルーシートをかけてくれました。その出来上がりを見て 屋根全体にかけておらず 瓦の落ちた所だけだったので 少し不安に思いましたが、とにかく大混乱の緊急事態でブルーシートも人手も足りないとの事でした。

    この日も まめすけと一緒に寝ました。余震もかなり減り、前日はほとんど眠れない感じだったのが、大分眠った感じがしました。でも 余震のたびに起き まめすけもガタガタブルブルしていました。

    20日は 朝から大雨。実家の屋根のブルーシートがかかっていない部分から雨漏りしました。バケツや洗面器などでは追い付かず、衣装ケースや 庭で使っている大型のコンテナボックスを使いました。そのうち天井が落ちてきました。落ちてきた天井が 2回も理緒母の頭に当たりました(その後検査して大事には至らず無事です)。床もたわんできて今にも抜け落ちそうです。工務店が来てくれ 応急措置をしてくれました。結局 天井は部屋の半分近くまで落ちました。

    実家での雨漏り天井落下の大騒ぎで 私が駆り出されている間、まめすけは ひとりでお留守番をしていました(ちなみに首タオルは通常通りに出社)。実家が一段落つき、家に帰ると まめすけが震えながら私の後を付いてきて離れません。出来る限り抱っこして 撫でて 声をかけました。

    下の画像は 罹災証明書の為に撮影した 実家の天井です。

    大阪府北部地震3


    大阪府北部地震4


    大阪府北部地震5

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